昭和53年という時期
国鉄の「増収策」、として「いい日旅立ち」、お祭り騒ぎが、あった。
国鉄は、「赤字」、「赤字」といいながら、車両を増備。
コイルばねの自動扉の客車「50系」。
コイルばね当初の「キハ40系」。など。
これら、生き残り車両が、いわゆる「国鉄型」だ。
歴史を潜り抜けてきた、「手動扉」の客車たちの「怨念」。
歴史に奉仕した「機関車、保守用車、人海」の「怨念」。
さらに加え「お金の怨念」。
いわゆる、「お化け」とは違う「鐡道の「怨念」。」。
昭和53年という季節、時期は、「客車」が
たくさんあり、おとなしく、「運用」に従っていた。
昔、そう、「空襲前」は
時間表、時刻表とも
ゆるやかな、無理のない、少なくとも「酷使」
していない「昭和」が、あった。
昭和帝は、「不老不死」を研究されていた、とも言われていた。
それが、ひどいことになり、
責任問題まで、発展している。
この怨念は、今でも、永遠に続いている。
どう、鎮めるというのだろうか。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。